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適応障害で退職した私が、パワハラ上司から受け取ったもの

「体が動かない」——そう気づいたのは、ある月曜日の朝のことでした。起き上がろうとしても手足が鉛のように重く、涙だけが止まらない。「サボりたいだけじゃないか」と自分を責めながら、それでも会社に行けなかった。

後に診断された病名は、適応障害。そしてその引き金を引いたのは、長年にわたるパワハラ上司の言葉と態度でした。

深夜の職場で疲弊する女性

「普通の会社員」が壊れていくまで

パワハラは、最初から暴力的な形をしているわけではありません。「それくらいできないの?」という一言、会議での無視、メールの返信が来ない日々。じわじわと積み重なる小さな出来事が、いつの間にか自分の自信を根こそぎ奪っていきます。

「自分が弱いだけ」「もっと頑張ればいい」——そう言い聞かせながら、毎朝満員電車に乗り続けました。でも体は正直で、ある日突然、限界を告げてきました。

適応障害は、特定のストレス因子に対して心身が過剰反応する状態です。「心が弱い人がなる病気」ではなく、誰にでも起こりうる、環境への正常な反応です。むしろ、限界まで頑張り続けた証でもあります。

病院の待合室で診断書を受け取る女性

退職という選択が、自分を救った

診断書を手にしたとき、「これで休める」という安堵と同時に、「負けた」という感覚が押し寄せてきました。でも今振り返ると、あの退職の決断こそが、自分の人生を取り戻す第一歩でした。

退職を決めたとき、上司は「あなたのせいでチームが困る」と言いました。その言葉は今でも耳に残っています。でも、あのとき自分を守ることを選んだのは、正しかったと今は思えます。

職場を去る日、デスクの荷物をまとめながら、不思議と清々しい気持ちがありました。「ここにいなくていい」という解放感。それは逃げではなく、自分への誠実さだったのだと、今はわかります。

退職の日に荷物をまとめる女性

パワハラ上司が「くれたもの」

逆説的に聞こえるかもしれませんが、あのパワハラ上司は、私にいくつかのものを「くれた」と思っています。

ひとつは、「自分の限界を知る力」。それまで私は、限界を超えても頑張り続けることが美徳だと思っていました。でも体が壊れてはじめて、「無理をしない」ことの大切さを学びました。

もうひとつは、「本当に大切なものを見極める目」。あの職場を失ってはじめて、自分が何のために働きたいのか、どんな環境なら力を発揮できるのかが、クリアに見えてきました。

そして最後に、「自分を守ることへの許可」。誰かに傷つけられたとき、その場から離れることは、弱さではありません。それは、自分の命と心を守るための、当然の権利です。

穏やかな朝に日記を書く女性

回復は、ゆっくりでいい

退職後しばらくは、何もできない自分を責め続けました。「同期はもう昇進した」「私だけ取り残されている」——そんな焦りが頭を離れませんでした。

でも、回復に「正しいペース」はありません。ゆっくり休んで、少しずつ自分を取り戻していく。その過程は、決して無駄ではありません。

今、あのときの自分に言葉をかけるとしたら、こう言います。「よく耐えた。でも、もっと早く逃げてよかった」と。

もし今、職場で心が折れそうになっているなら——それは、あなたが弱いのではなく、環境が間違っているサインかもしれません。自分を守ることを、どうか後回しにしないでください。

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